探索している世界のすみずみまで色を塗れるゲームがあったら、やってみたいと思いませんか?色を塗りながら、理由もよくわからないまま大きな白鳥を追いかけるのが使命だとしたら?そのすべてが体験できるのが、 Unfinished Swanです。デベロッパーGiant Sparrowによるインディーゲームで、モンローという少年が王のいない王国を見つけ、そこで何が起きたのかという謎を追っていく、ユニークな作品です。ゲームの中で、あらゆるものに巻きつきながら正しい方向へ導いてくれるツタを伸ばす場面があり、それがこの記事を書くきっかけになりました。

物語は、亡くなった母の絵から逃げ出した白鳥をモンローが追いかけるところから始まります。たどり着くのは真っ白で色のない王国。あちこちの壁に貼られたページから、少しずつその国のことがわかっていきます。そのページには、王国のその場所で何があったのか、王がどんな決断をしたのかが短く書かれています。モンローは、王が好かれる支配者ではなく、うまく国を治められなかったことを知ります。民は王のもとを去り、ひとりになった王は悲しみました。そこで王は絵筆を手に取り、何とか立て直そうとし始めたのです。
王は荒れ果てた王国ではなく、何かを遺したいと願い、自分のために妻を描き、ふたりは恋に落ちました。しかし残念なことに、妻は身ごもったまま王のもとを去ってしまいます。もちろん王はさらに落ち込みましたが、その後どうなったかはネタバレになるのでここでは書きません。

先ほども触れたように、ゲームの中盤には、ツタを使い、伸ばしながら手の届かない場所へ進んでいく章があります。ツタがなければ届かない橋や屋根、壁があるのです。説明がまったくないので、最初はツタが何のためにあるのか分からず少し戸惑いました。でも不満ではありません。このゲームは あまり 説明がないからこそ、章をすばやくクリアできたときに難しいことをやり遂げた達成感があって楽しめました。
ヨハネによる福音書 15:4-5
4 わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
ゲームを進めるうえでツタがどれほど大切かに気づいたとき、心の中でひらめきました。何をしても高い場所に届かなくなるまで、その大切さに気づいていなかったのです。そういうとき私は、いったんゲームをやめて後でまた戻ることにしています。少し休むと次に何をすればいいか分かることが多いからです。今回は、ツタに絵の具を投げるとどんどん伸びることに気づき、それを続けたら、なんと壁を登ることができました!

これは上の聖句を思い出させました。イエスが弟子たちに、枝にはぶどうの木がどれほど必要かを語っている箇所です。実(たとえばぶどう)がなるのは木につながっているからであって、枝だけでは実はなりません。
イエスは、ご自分を離れては誰も実を結ばず、何一つできないと言われました。キリストに従う私たちは、自分の力で何とかしようとするのではなく、主に頼る必要があるということです。実とは、私たちの品性、成し遂げたこと、成功、あるいはその人にとっての豊かな人生を表します。神から離れて自分勝手に歩むとき、私たちは神に「あなたは必要ない、全部分かっている」と言っているのと同じです。そして思いどおりにいかなくなると、神のせいにするのです。そんな言葉を聞いたことはありませんか?
神のみこころにしっかりとどまることは、最も難しい目標のひとつです。私たちには(多くの国で)自分で決め、人生の道を選ぶ自由があるからです。神の国では、私たちは神の導きに従い、次に何をすべきかを神に求めます。大切なのは、神に近づき、その声に耳を傾け、語られたことに従うことです。ぶどうの木につながり続け、神とともに時間を過ごし、みことばを読み、祈り、思い煩いをすべて神にゆだねましょう。自分は何でも知っていると思うのはやめましょう。誰もそうではありません。そうすれば、あなたは神の完全さに身をゆだね、その御前で平安を得られます。
短いけれど素晴らしいこのインディーゲーム、 Unfinished Swan をぜひ遊んでみてください。レーティングは E(全年齢対象)です。
The Unfinished Swan はGaming and God 公認のゲームです。PlayStation 3と4、またはPlayStation Networkで購入できます。